いつかのメリークリスマス
さて、次は
2、ファッションを仕事にしたいと思った時期(22〜24)
について触れてみよう。
それまで勤めていた会社を退職し、ファッションを仕事にしようにも
何が何やらさっぱりわからない。
求人情報誌を見るも専門職などちんぷんかんぷんだったので、
自分が好きだった店に履歴書を持って行った。
しばらくはカフェでバイトして生計を立て、3件受けてやっと決まった。
そこで販売職を学ぶこととなる。
ただこの時期の自分はこう言っては何だがコミュ障だったので、果たして販売職が向いていたかどうかは別として、自分の働いた結果がその場で売り上げとして出るという仕組みは向いていた。
しかし、天候や在庫環境により売り上げの変動があるとなかなか思うように売り上げが取れなかったり、上司からのプレッシャーや売り上げの良い他店舗の話を聞くと、なかなかモチベーションの変動の多い仕事でもあった。
ただ、今になって思ってみると会社経営は販売職のように売り上げが上下変動することが多いので、経験としては良かったなと思う。
また、館によってまったく違う友達ができたのもこの仕事の面白いところであった。
SPAの会社
インポートを扱う会社
(今は)ビッグメゾンの会社
コレクションブランド
を渡り歩き、それぞれで違う風土を感じながらある程度販売職に見切りをつけたいなと考えていた。
プレスやMD、営業など内勤の仕事もあるにはあるのだが、そこで自分は
「店を作ってセレクトしたブランドを展開したい」
との考えに至った。
それを行うにはとにかく会社を作らないといけない。
そういう事で、若さゆえのノリで会社を作ってしまった。
今思うと、なぜあんなに自分に自信があったのかさっぱりわからない。
まあそれが若さなんだろうけど。
登記が終わったのが12月で、すぐにロンドンとニューヨークに買い付けに行った。
そんでこれがどうなっていったかというと、それはまた次回。
ゴールデンルーキー
さて、Begining of the end。
1、ファッションと出会ったきっかけ(18〜22歳)について書いてみる。
学生の頃の話だ。
僕は両親が会社を経営していたので、ゆくゆくはその仕事を継ぐ将来がやってくると思っていた。
高校を卒業すると会社を継ぐ準備のため東京の専門学校に入学した。
初めて住んだのは池袋。
ファッションに全く興味が無かった僕は丸井に入ることも結構躊躇していた。
ただ、当時ユニコーンが好きだったこともあり、なんとなく奥田民生や阿部Bのような
服を探して買っていた。
専門学校で出会った友人でえらいおしゃれな奴がいて、彼に501の66モデルや”タテ落ち”という言葉。そして古着を買うという文化を教えてもらった。
古くなった服なんて買ったことが無かった。
折しもその時期は古着ブームだったので、色んな古着屋に行っては少しづつ知識を増やして行った。
そんで確かBOONとチェックメイトを買ったのか。
そこからズブズブとファッション沼にはまることになる。
当時のキメ着は確か
レザーベスト(ノーブランド)
古着のTシャツ(赤)
トライアンフのベルト。
カーハートのペインターパンツ(白!)
ナイキのワッフルトレーナー(復刻版)もしくは
ホーキンスのリングブーツ
アウトドアプロダクツのリュック(エンジ)
Leeのストレートデニム(古着。品番わからず)もしくは
後染めブラックの501
であった。
BEAMSやゴローズに出会ったのもこの頃で、ソフトパンクも流行っていたので
ワールドワイドラブとか、フレンチカジュアルのアニエスベーとか手当たり次第に興味のある服を買っていた。
ずっと続けていたバンド活動も終わり、クラブに行き始めたことも加わって、付き合う人たちの影響をもろに受けていく。
新宿にあった「キングストン」が初のクラブ体験。
髪をツンツンにして、シドチェーンを首に巻いていたら、
「お兄さん、すごいね〜」
と知らない人に言われた。
レゲエのクラブにパンクは似合わない。
そんで近所にロックをかけるクラブがあるという事で、毎週末通うようになった。
文化服装学院の友達が多くでき、アンダーカバーやエイプなどはここで知った。
この頃の自分はもう裏原ムーブメント及び、インポートブームへの受け皿は出来上がっていた。
ある日の事、テレビをつけたら神戸の高速道路がぶっ壊れていた。
その二ヶ月後、霞が関での大騒ぎな映像も見ることになった。
この時、
「どんな偶然で誰がいつ亡くなるかなんて分からないのだから、好きなことをして生きていこう」
と決めた。
勤めている会社に辞表を出したのはそれから1年後の事だ。
ここからが今の自分へのスタートになる。
ではまた次回。
DIVE
突然ですが、7月中旬を持ってこちらのブログを卒業することになりました。
フイナムさんには本当にお世話になったと思います。
ありがとうございました。
そしてこれからも宜しくお願い致します。
いよいよ終わりが見えてきたので、「これから何を書くかなあ」と考えてみたところ
意外と何も思いつかない。
なので、終わって見れなくなることをメリットに考えて、
自分史を振り返ってみようと思う。
特にこの10年は色々あった。
整理してみても面白いかもしれない。
ボリュームにしたら結構なものになるので、ここは下記のように分けて書いてみることにする。
1、ファッションと出会ったきっかけ(18〜22歳)
2、ファッションを仕事にしたいと思った時期(22〜24)
3、実際に仕事にしてみたところ、どうなっていったのか(25〜30)
4、その後の考え方の変化(31〜36)
5、変化から現在に至るまでの過程(37〜45)
こんな感じかなと。
長くなりそうなところは二部?構成にしてみようかな。
といった感じであと少しお付き合いください。
記憶に飛び込んでみましょう。
宜しくお願いします。
ハートも濡れるナンバー ~stay tonight~
ざざっと近況を。
大好きなバンド「PASSION PIT」の新曲がリリースされた。
2012年にサマソニで来日。
2015年の同イベント出演ははキャンセルとなってしまったため、もう7年前か。
最初に「Manners」を聴いた時にメロディセンスと声にビビった。
また、シンセの音のチョイスやギターの印象的なフレーズなど、ただもんじゃない感がぶっちぎりだった。
「Gossamer」では「Take A Walk」のPVや「I'll Be Alright」の細部に渡るまで入っている音色を聴いて
「よくまあここまでアイデアを音に詰め込めるもんだな」
と思ったのだけど、同時に
「めちゃくちゃ明るいし優しいけど、なんか闇を感じるな」
と思ったのを覚えている。
楽曲からどこかマイケルジャクソンに似ているような気がした。
「Love Is Greed」や「It's Not My Fault, I'm Happy」にそれを強く感じる。
「Kindred」は今でもDJの際に「Lifted Up」をよくプレイする。
この曲はまだライブで聴いたことは無いのだけど、聴けたらとにかく気持ち良いのだろうなと思う。多幸感が凄い。
現在はボーカルのマイケルが一人でやっているらしく、病気の事もありなかなかアメリカ外でライブをしないのだろう。
しかしそれでも新譜を聞けるのは喜ばしいことだ。
また来日してほしいバンドの一つである。
べんてんへ。



塩油そばをいただいた。
本当に、何度食べてもうまい。
ここから二ヶ月ほどのプチ糖質制限期間に入るので、しばらくお別れ。
また7月に逢いましょう。
ご縁あって「ベッド・イン」のライブに行ってきた。


*落ちていたジュリ扇の羽。
このバンド(ユニット?)はキャラクターで語られがちなのだが、演奏スキルが半端なく高い。
特にベースがやばい。
MCも上手いし、もっと取り上げられても良いのにと思う。
最後に秋葉原で見かけたあの車。
駐車してるとこ初めて見た。

GO★FIGHT★WIN

やっと告知。
エドウインがバーニーズニューヨーク銀座店にてイベントを開催します。
これは昨年の11月から企画していた案件で、エドウインとしては初のバーニーズニューヨークとの取り組み。
展開内容は、アドリアーノ・ゴールドシュミットが監修した「EDWIN USA」を中心に、本国のバーニーズニューヨークで展開された内容をそのまま日本でやってしまうという、国境を超えたイベントになります。
グローバルで打ち出す商品を日本国内でも同様に展開できるのはやはりブランドパワーと言いますか、同様の企画ってあまり見たことない気がします。
ちなみにこの「EDWIN USA」のパンツ群、パターンがめっちゃかっこいいです。
脇線はカーブなしの直線で、内股でカーブを取っているのですが、これがマジで美脚に見えます。
同じブランドでも全然違う。
これはマジでかっこいいパンツだと思います。
EDWINの企画はこの後も色々控えていますが、先ずは最高のセレクトショップに並ぶ姿をご覧になりにバーニーズニューヨーク銀座店にお出かけください。
一見の価値ありですよ。



トワニワカク
ヤバいスタンプを見つけた。

先日クソリプについて書いた。
自分が40代半なのだけど、仕事柄20代の女性とは結構会う機会とか、仲良くお話しする機会があって、LINEなんかも普通に交換する。
一方で面と向かっては面白い事の一つも言えるのだけど、文章では何を書くべきか分からない。
自分が普通にクソリプを送っているのであればこれはまずいなと思っていたが、
このスタンプを見て答え合わせができそうでちょっと安心している。
ちなみにクソリプカウンタースタンプというものもある。
合わせて持っておきたい。
これはもはや大人のたしなみに近い。
さて、大勝軒に行ってきた。

*醤油ラーメン。
大勝軒は味でいうと可もなく、不可もなくといったところだ。
ただ、コストパフォーマンスはかなり高い。
初めての方には是非太麺で食べていただきたい。
そして、天ぷらを食べに「はやし」へ。

野菜の天ぷらコースをいただいた。
この時期は野菜がうまい。
本当にうまい。
我が家ではこちらから野菜を取り寄せている。
先日のソラマメも美味かった。
友人のニョキくんが先日までレギュラーだったイベント「SUPER FUZZ」。
ツイッターでプレイリストを上げていたので見てみた。
〜ALTERNATIVE INDIE & RAW DISCO PARTY〜
— K.shinnyo (@NyoKi9) May 3, 2019
“SUPERFUZZ”
5.4(SAT)
23:30~5:00
SHIBUYA CLUB MALCOLM
2000YEN WITH 1DRINK
■DJ
TAISHI IWAMI
YUU UMEMOTO
mm
KIWAMU SHINNYO
プレイリスト(新譜編)https://t.co/AboZ0zJxPl
プレイリスト(アンセム編)https://t.co/EeBzcVaMYo pic.twitter.com/SCNf2kdgdU
そんで、持ってはいるもののちゃんと聴けてなかったものをもう一度掘る事にした。
これはラプチャー。
もっとちゃんと聴いてみよう。
そしてSUPER FUZZお疲れ様でした。
「Badlands」で頑張ってください。


*次回の「Badlannds」フライヤー。
さて、来週はちょっとしたイベントがある。
おいおいこちらで発表するのでお付き合いのほど宜しくお願い致します。
俺よカルマを生きろ
さて、GWのおさらい。
GYREにて開催されている「デヴィッド・リンチ 精神的辺境の帝国」展にちらっと。



映画もそうだけど、デヴィッド・リンチの前では僕はただの凡人だと考えさせられる。
理解できるポイントが少なすぎるのだ。
しかし、理解しようとする気持ちが大事なんだと言い聞かせ、右脳で感じる努力をする。
その行為が大事なことかもしれない。
姫路城へ行ってきた。

あの番町皿屋敷のお菊さんの井戸があるとのことで実際に見てみたところとても深かった。
貞子でも登ってくるのは難しいだろうなと思った。
地方に行くとやはりご当地ラーメンということで、つけ麺 冨へ。


台湾ラーメンをいただいた。
見た目ほど辛くはない。
券売機のことなど教えてくれた名古屋のおじさんありがとう。
当たりの店だった。
やはり大阪はうどんだと思った。
カレーうどんにちくわ天は最強のコンビだと思う。


京都では、「らぁ~めん京」へ。
神様の中華そばをいただく。
ややスープが甘く、一味唐辛子と胡椒でスパイシーに味変した。


北野天満宮にて青もみじを体験。
これが秋になると黄色くなるのかと思うととても感慨深い。
そして、マイナスイオンの量が半端じゃなかった。
ここは学業の神様ということで、色々とお願いしてきた。
お賽銭も奮発した。

小学校以来の金閣寺。
ほとんど記憶の彼方になっていたので、実質初めて見るようなもんだ。
むちゃくちゃ金だった。

入場券がすごくかっこ良かったのでパチリ。

鴨川へ。
マイナスイオン巡りもここが最後。
どうしてもこの曲を思い出してしまう。
会いに〜行く〜わ〜汽車〜に乗って〜


帰りの新幹線では太秦ロケ弁当をチョイス。
崎陽軒のシューマイ弁当に続き、これも一つの完成した弁当の形だと思う。

最後に日清の袋麺シリーズの新CMを。
「日本ボロ宿紀行」以来、深川麻衣にどハマりしているのだがこういったコミカルなものが似合うのが気取りすぎていなくて良い。
松坂慶子も「まんぷく」以来、新しいキャラクターを開発できたようで素敵。
10連休ということで、関西方面でもなかなか行けない場所をぐるっと巡ることができた。
もういっそこのままずっとGWであって欲しくなる。
長すぎる休みは危険だと思う。
間もなく上半期が終わり、下半期がやってくる。
今月、7月に大きいイベントが控えているので 、息切れしないようにやっていきたい。
それでは引き続きどうぞよろしくお願いいたします。